河内長野市の妙長寺でのスズメバチ駆除記録です。
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子供たちの笑顔を守り抜け――薄暮の妙長寺、スズメバチの要塞を討つ「緊急夜間作戦」
第一章:夕闇に響いた、切実なるSOS
屋根裏と床下を這い回り、過酷なスズメバチの駆除に追われたその日は、朝から心身のエネルギーを完全に使い果たしたハードな一日だった。西の空に太陽が傾きかけ、ようやく事務所へ戻れるという安堵感に浸りながらハンドルを握っていた時、唐突に携帯電話の電子音が車内に響き渡った。
「もしもし、お久しぶりです中山さん。河内長野市の妙長寺です。……私のこと、覚えておられますか?」
受話器の向こうから聞こえてきたその声に、私は脳内の記憶の引き出しをフル回転させた。河内長野市にある歴史ある妙長寺。数年前、その美しい漆喰壁に無数に作られたドロバチの巣を、一つひとつ丁寧に駆除した記憶が鮮やかに蘇ってきた。
「もちろん、覚えていますよ。妙長寺の住職様ですね。ご無沙汰しております。今日はどうされましたか?」
住職様の口から語られた内容は、想像を絶する切羽詰まったものだった。
「お寺の正面入り口に、丸いハチの巣ができましてね。ネットで調べたらスズメバチの巣らしく、『自分で駆除するのは危険』と書いてあったので……。実は明日、この妙長寺で、地域の子どもたちが集まる恒例の『団扇(うちわ)作りイベント』が開催されるんです。子どもたちだけでなく、ご家族連れも大勢来られます。このままでは危険すぎてイベントを中止せざるを得ません。みんなが本当に楽しみにしているんです。なんとか、明日までに間に合わせていただけないでしょうか……!」
その声には、明日を心待ちにする子どもたちを何とか守りたいという、切実な親心と住職としての強い責任感が滲み出ていた。
一日の疲労がピークに達し、身体中が悲鳴を上げていた。だが、迷いは一瞬たりともなかった。
子どもたちの楽しみにしているイベントが、たった一匹の害虫によって奪われるわけにはいかない。
「分かりました。今からすぐに向かいます」
私の即答に、住職様は息を呑んだ後、心からの安堵をにじませた声で「えっ、今から来ていただけるんですか! 有難い……! こちらは何時になっても構いません。ぜひ、よろしくお願いいたします!」と何度も頭を下げてくれた。
河内長野市まではここから約40分。秋や夏の夕暮れ時は、一度陽が傾き始めるとあっという間に闇に包まれてしまう。私は気を引き締め直し、車を急発進させた。
第二章:背後に迫る危機と、現場の絶望的な状況



現場に到着した頃には、すでに辺りは藍色の薄闇に包まれ始めていた。
山門をくぐると、住職様が深い安堵の表情を浮かべて駆け寄って来られた。
「中山さん、本当にお久しぶりです。こんな時間に、しかも急に来ていただいて……言葉もありません。実は昨日、私の父親が境内の草刈りをしていて、頭を刺されてしまったんです。病院で診てもらいましたが、明日のイベントの事を考えると、心配で心配で夜も眠れなくて……」
住職様の話を聞き、私は背筋が凍る思いがした。すでに身内が被害に遭っている。そして翌日は、大勢の子どもたちが境内を駆け回るのだ。
案内された正面玄関へ向かうと、そこには言葉を失うほど危険な光景が広がっていた。
正面玄関へと続く立派な庇(ひさし)の軒下にスズメバチの巣が不気味にぶら下がっていた。決して巨大なサイズではない。しかし、その位置が最悪だった。人が最も頻繁に出入りする正面玄関の真上。しかも、明日のイベントのために、その庇に接する形で大きなテントがすでに設営されていたのだ。
――もし、このままイベントが始まればどうなるか。
テントの設営や撤去の振動、子供たちの無邪気な歓声、飛び交う人影。そのすべてがスズメバチを刺激し、一瞬にして平和なイベントが「恐怖の地獄絵図」へと変貌するだろう。楽しい思い出になるはずの一日が、取り返しのつかない悲劇に変わるかもしれない。
「絶対に、そんなことはさせない」
辺りが薄暗くなっていく中で、巣を見上げる私の瞳に闘志が宿った。
すでにスズメバチは、私たちの気配を察知したのか、不気味な羽音を立てて1匹が巣の出入り口に顔を出した。その奥で、さらに2、3匹が様子を窺いながらいつでも飛び出せるよう待機しているのがシルエットで分かる。完全な臨戦態勢だった。
第三章:闇夜の脚立戦術と、一瞬の勝負
歴史ある妙長寺の美しい建築物に、ハシゴを立てかけて傷をつけるわけにはいかない。私は慎重にバランスを計算し、今回は「脚立」を用いることにした。
脚立を静かに設置する。そのわずかな物音に反応したのだろう、巣から顔を出していた数匹のスズメバチが、一斉に外へと飛び出してきた。暗闇の中で敵を探すように、激しい羽音を立てて宙を舞う。彼らはすでに攻撃態勢に入っている。下手に刺激すれば、一斉攻撃を受ける絶体絶命の状況だ。
周囲はすでに、ライトを照らさなければ確認しずらくなっていた。しかし、スズメバチを無駄に刺激する強烈な光は避けなければならない。私はあえて照明を最小限にし、彼らの警戒心が少しでも緩むのを待つため、あえて少し離れた場所でじっと時間を置いた。
緑に囲まれた山の夜気の冷たさが、汗に濡れた肌に心地よい。しかし、神経は極限まで研ぎ澄まされていた。
静寂の中、スズメバチたちの羽音が少しずつ落ち着いていくのを肌で感じ取る。
「……今だ」
息を潜め、悟られないようにゆっくりと脚立を登る。
巣の出入り口に専用の捕獲網をそっと被せる。その瞬間と、スズメバチが異変に気づいて飛び出そうとする瞬間が、完全に同時だった。
紙一重の差で、網が勝った。
「逃がさない!」
私は迷わず、出入り口めがけて強力な薬剤を一気に噴射した。
突然の強烈な毒物に、巣の中でパニックを起こしたスズメバチたちが、苦しさに耐えかねて穴からはい出そうともがく。しかし、私はそのたびに薬剤の噴射圧で彼らを巣の中へと押し戻し続けた。
薬液で満たされた巣の中からけたたましく響いていた羽音は、やがてゴソゴソという小さな音に変わり、そして完全な静寂へと溶けていった。
第四章:戻りバチの影と、寺を包む安堵



勝負はついた。しかし、夜の駆除において本当の戦いはここからだ。
素早く巣跡を綺麗に清掃し、周囲の木部や庇の裏にたっぷりと忌避剤を散布していく。
その時だった。
背後の暗闇から、聞き覚えのある不気味な羽音が聞こえた。
「戻りバチだ……!」
狩りに出かけていて不在だった働きバチが、自分の城が奪われたとも知らずに戻ってきたのだ。しかし、周辺は漆黒の闇。どこから飛んでくるのか、視覚で捉えることができない。闇夜の中での戻りバチとの駆け引きは、昼間以上に神経をすり減らす。
私はじっと息を潜め、懐中電灯の光を最小限に絞って周囲を警戒し、戻ってきたハチを確実に仕留めていった。
すべての作業を終え、地上に降り立った時には、全身が疲労と緊張で限界に達していた。
完全に全ての戻りバチを駆除し切れたという保証はない。だからこそ、明日のイベントに集まる子どもたちの安全を完全に担保するため、私は通常よりもはるかに広範囲に、そしてたっぷりと忌避剤を散布しておいた。
道具を片付けていると、本堂から住職様がゆっくりと歩いてこられた。その顔には、先ほどまでの絶望的な表情ではなく、深い安堵の笑みが浮かんでいた。
「中山さん……本当に、本当にありがとうございました。まさかこんな夜遅くに、ここまで完璧に対応していただけるなんて……。これで、明日安心して子供たちを迎えることができます」
「住職様、安心するのはまだ早いですよ。夜のうちはまだ数匹の戻りバチが周辺をうろつく可能性があります。明日の朝、イベントが始まる前にもう一度周囲を確認してください。そして、万が一のために遠くまで届く市販のハチ駆除スプレーを手元に用意しておいてくださいね」
私の注意喚起に、住職様は何度も力強くうなずいた。
車に乗り込み、発進させようとすると、住職様は助手席の窓をトントンと叩いた。
「これ、ささやかですが……どうか受け取ってください」
両手いっぱいに抱えきれないほどの手土産を持たせてくださった。
私が車をゆっくりと走らせ始めバックミラーを覗くと、住職様は暗闇の中、門の前に立ち尽くし、私の車が見えなくなるまでずっと、いつまでも深々と頭を下げて見送って下さっていた。
結び:子どもたちの未来を護るために
夜のとばりに包まれた河内長野の街を、車は静かに進む。
助手席に置かれた手土産の温もりが、今日一日走り抜けた私の疲れた身体をそっと包み込んでくれるようだった。
「明日、子どもたちが最高の笑顔で、何事もなくイベントを終えられますように」
心の中でそう祈りながら、私は夜道を急いだ。
私たちの仕事は、単に害虫を駆除することではない。人が集まる場所の「笑い声」を護り、失われかけた日常の安心を、最悪の事態の直前でつなぎ止めることだ。
どんなに体が疲れ果てていようとも、どんなに予期せぬ夜の呼び出しであっても、明日を待ちわびる子供たちの「笑顔」を守れるのなら、私のハンドルを握る手に迷いはない。
明日、妙長寺の境内には、きっと子どもたちの弾けるような笑い声が響き渡るだろう。
その平和な一景を想像しながら、私は次なる夜の闇へと、確かな足取りで走り続けていく。
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