和歌山県伊都郡高野町高野山 古民家旅館 キイロスズメバチ駆除

黄色スズメバチの巣

和歌山県伊都郡高野町高野山の古民家旅館でのキイロスズメバチ駆除の格闘記です。 
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目次

高野山・古民家カフェの静寂を守れ! ― 「黄色い悪魔」との屋根裏攻防戦

第一章:聖地の雨と、破られた平穏

梅雨の真っ盛り。朝から降り続くしとしととした雨は、深い緑をより一層濃く染め上げていた。

ハチ駆除を生業とする私にとって、梅雨明けから始まる「狂乱の繁忙期」を前にしたこの時期は、束の間の休息であり、鋭気を養うための貴重な時間だ。

しかし、昼を過ぎた頃、私の携帯電話が静寂を破った。

依頼の場所は、和歌山県・高野山。世界遺産としても知られる聖地の一角で、古民家をリノベーションしたカフェ兼宿泊施設からのSOSだった。

「最近、建物の周りをスズメバチが飛び回っていて……特に裏手の屋根のあたりに集中しているんです。怖くて、自分たちでは巣がどこにあるのかすら確認できなくて」

空を見上げると、雲行きはさらに怪しさを増している。午後遅くからは本降りになる予報だ。私はすぐさま機材を積み込み、霧に包まれた山道を高野山へと急行した。

第二章:呼吸する家と、招かれざる侵入者

現場に到着すると、そこには全体を重厚感のある黒で統一された、息を呑むほどお洒落なカフェが佇んでいた。

歴史ある街並みの景観を損なうことなく、それでいて現代的なセンスが光る見事なリノベーションだ。しかし、その美しさの影に、危険な「刺客」が潜んでいる。

出迎えてくれたのは、若いオーナーご夫婦だった。その表情には隠しきれない不安が滲んでいる。

私はすぐさま防護服を装着し、指摘された裏手の屋根を確認した。

戦う相手は、キイロスズメバチ

彼らは屋根と軒下のわずかな隙間を、我が物顔で出入りしていた。つまり、本丸は「屋根裏」にある。

古民家が何十年、何百年と建ち続けることができるのは、職人の手仕事による「家が呼吸できる隙間」があるからだ。夏は涼しく冬は暖かいその空間は、人間にとっての知恵の結晶だが、時としてハチたちにとっても「最高の営巣ポイント」となってしまう。

私はオーナーに許可を取り、客室にある唯一の点検口から屋根裏への侵入を試みた。

第三章:暗闇のほふく前進 ―― 二つの巨大な要塞

黄色スズメバチの巣1
黄色スズメバチの巣1
黄色スズメバチの巣2
黄色スズメバチの巣2

点検口から覗く屋根裏は、想像を絶する狭さだった。

梁が複雑に組み合わさり、立ち上がることはおろか、膝をつくことすらままならない。寝そべるような姿勢で、埃と闇の中を「ほふく前進」で進むしかないのだ。

幸い、今日は宿泊客がいないという。その事実は、万が一の際に周囲へ被害を広げるリスクを減らし、私の精神的な負担をいくぶん軽くしてくれた。

目指すポイントは、トイレの真上付近。

懐中電灯の細い光を頼りに、じりじりと奥へ進む。

近づくにつれ、空気の密度が変わるのを感じた。音も姿もまだ確認できない。しかし、肌を刺すような「嫌な気配」が鼻腔をつく。

これまで数え切れないほどの修羅場を潜り抜けてきた私の身体に、危険を察知するセンサーが備わっているのだろうか。一瞬、本能が警鐘を鳴らした方向へライトを向けた。

光の先に浮かび上がったのは、想像を絶する光景だった。

巨大なキイロスズメバチの巣が、二つ並んで鎮座していたのだ。

逃げ道のない、この閉鎖された空間。もし今、ここで一斉に襲われたら――。

何度経験しても、この瞬間だけは全身に鋭い緊張感が走る。

一匹の偵察バチが、光に反応してこちらへ向かってきた。私は咄嗟にライトを消し、気配を殺して、ゆっくりと、しかし確実に点検口へと後退した。

第四章:新聞紙の「ごぼう」 ―― プロの機転と雨の洗礼

一度外へ出ると、いつの間にか雨は本降りになっていた。

防護服の中は、汗と湿気でびっしょりだ。ヘルメットを脱ぐと、高野山の冷たい空気が全身を包み、火照った身体を冷やしてくれる。

しかし、休憩している暇はない。

「まずは、外の出入り口を封鎖する」

もたもたしていれば、屋根裏の異変に気づいた「黄色い悪魔」たちが、わずかな隙間から一斉に溢れ出し、取り逃がしてしまう。

隙間は幅2〜3センチ、長さは1メートルほど。

これほどの長さを、ハシゴの上で防虫網を使ってチマチマと塞いでいては、ハチの勢いに押し切られる。

私はオーナーに「古い新聞紙をいただけませんか」と頼んだ。

頂いた新聞紙を数枚重ねて丸め、薬剤をたっぷりと染み込ませる。それを繋ぎ合わせ、長さ1メートルほどの「太いごぼう状」の封鎖棒を作り上げた。

これを抱え、私は雨に濡れたハシゴを、気配を殺しながら登っていった。

外ではすでに数十匹のハチが警戒飛行を始めていた。彼らは出入り口に近づく私に対し、明確な攻撃色を見せ始める。

屋根裏の中からも、騒がしい羽音が響いてきた。

「今だ!」

押し出されるように隙間から出てこようとするハチたちに薬剤を浴びせながら、一気に「新聞紙のごぼう」を隙間に叩き込む。

降りしきる雨が視界を遮り、重くなった防護服が体力を奪う。それでも、私は一瞬の迷いもなく封鎖を完了させた。

第五章:外堀の鎮圧と、本丸への突入

外に取り残されたハチたちは、自分たちの城が閉ざされたことに激昂し、しつこく私を襲ってくる。

私は捕獲網、薬剤、粘着シート……持てるあらゆる手段を駆使し、一時間かけて外堀を鎮圧した。雨脚はさらに強まっていたが、ようやく「本丸」を落とす準備が整った。

再び、客室の点検口へ戻る。

屋根裏はもはや「袋のネズミ」だ。しかし、ここでの油断が最も危うい。

かつて私が刺されたのは、作業がほぼ終わり、勝利を確信した瞬間のほんの一突きの油断だったからだ。

私は強力な燻煙材を焚き、十分に時間を置いてから再び屋根裏へと潜り込んだ。

先ほどまでの狂暴な羽音は消え、時折、断末魔のような頼りない振動が伝わってくるだけだ。

私はライトで照らし出しながら、二つの巨大な城を回収し、断熱材の下に潜り込んで息絶えた亡骸を一匹残らず回収した。死骸が残れば、それがまた別の害虫を呼ぶ原因になるからだ。

清掃を終え、仕上げにたっぷりと忌避剤を散布する。

「……終わった」

屋根裏から這い出し、ずぶ濡れになりながら外へ出た。

しかし、まだ終われない。外には「戻りバチ」がまだ数匹、雨の中を彷徨っているはずだ。

それからさらに一時間半。

私は雨に打たれながら、戻ってくるハチを一匹ずつ確実に掃討していった。

辺りはいつの間にか深い闇に包まれ、カフェの落ち着いた照明だけが、高野山の霧の中に浮かび上がっていた。

第六章:究極の報酬 ―― 忘れられない珈琲の香り

すべての安全を確認し、機材を片付け終えたとき、私はようやく安全圏でヘタヘタとしゃがみ込んだ。

ヘルメットを脱ぎ捨て、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。しばらくの間、指一本動かすことができなかった。

喉の渇きと、極度の疲労。

そんな私のもとへ、オーナーご夫婦が歩み寄ってきた。

「中山さん、本当に、本当にご苦労様でした。何もお手伝いできませんでしたが……美味しいお弁当を作ってお待ちしていました。どうぞ、召し上がってください」

差し出されたのは、お店自慢の手作り弁当だった。

そういえば、昼から飲まず食わずで、死線を超える作業を続けていたのだ。

震える手で割り箸を割り、一口運ぶ。

それは、これまで食べてきたどんな豪華な食事よりも、身体の芯まで染み渡る美味しさだった。

そして、その後に出していただいた、カフェ自慢の淹れたてのコーヒー。

立ち上る香ばしい香りが、張り詰めていた私の神経を優しく解きほぐしていく。

高野山の清らかな水と、オーナー夫婦の温かな心が詰まった一杯。

その味と香りは、私のこれまでの駆除人生の中でも、一生忘れることのできない「宝物」のような記憶となった。

結び:雨の夜の帰路

空腹と喉の渇きが満たされ、私は深く感謝を伝えながら、雨に濡れた夜の高野山をあとにした。

山道を下る車の中、バックミラーにはもう、あの美しいカフェの灯は見えない。

しかし、私の心には、あの若夫婦の安堵した笑顔と、温かなコーヒーの温もりがいつまでも残っていた。

古民家という「呼吸する家」を守ることは、そこで営まれる「人の想い」を守ることでもある。

キイロスズメバチという脅威を去らせ、このカフェに再び穏やかな時間が流れる。

その一助になれた誇りを胸に、私は次の現場へと向かうための活力を、確かに受け取っていた。

高野山の夜は深く、静かだった。

降り続く雨は、戦いの跡をすべて洗い流し、また明日からの新しい平穏を約束してくれているようだった。

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