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八方塞がりの難攻不落城を落とせ――猛暑の防護服と、知略で仕掛ける「兵糧攻め」の全記録
第一章:調査だけの依頼に隠された「難題」


「もしもし、【家の110番】ですか? カーポートにハチが出入りしているんです。巣が無くても、見に来てくれるんでしょうか?」
泉大津市からかかってきたその電話の向こうで、奥様は申し訳なさそうな、しかし切実な声を響かせていた。詳しく聞けば、カーポートの支柱ではなく、天井の骨組みの部分だという。しかし、その先端がほとんど壁に接しているため、中の様子が全く見えないらしい。
「うまく説明できないんですが……。もしかしたら、ただの調査だけになるかもしれないんです。それでも来てもらえるんでしょうか?」
「地元ですので、調査だけでも大丈夫ですよ。お見積もりも無料ですから、すぐにお伺いします」
そう即答し、私は車を走らせた。車で15分ほどの距離だ。
これまで、壁の内部や屋根裏、床下といった狭小スペースの駆除は数え切れないほど経験してきた。ファイバースコープさえあれば、どんな隠れ家も見つけ出せるという自負があった。
しかし、現場に到着して問題のカーポートを見た瞬間、私は自分の甘さを思い知らされた。
奥様が言っていた「うまく説明できない」の意味が、一目で理解できたのだ。壁とアルミ枠の隙間はわずか数ミリ。ほぼゼロと言ってもいいほど密着しており、ファイバースコープのレンズすら差し込む余地がない。
「あんな狭いところから出入りしているハチは、中で巣を作っているんでしょうか? どうやったら駆除できるんでしょうか? 最近は頻繁に出入りするので、庭で子供を遊ばせることもできなくて……」
ご夫婦はすっかり困り果てていた。そして、私もまた、目の前の「物理的な壁」の前に立ち尽くし、言葉を失っていた。
結論から言えば、アルミ枠の内部を確認することも、直接薬剤を撃ち込むことも「不可能」だった。
ハチは頻繁に出入りしている。餌を咥えたアシナガバチが、あの数ミリの隙間から次々と消えていくのだから、内部に巣があることは確実だ。しかし、見えない、届かない。このままでは、プロとしての看板を下ろして「お手上げです」と降参するしかないのか。
いや、そんなわけにはいかない。
蜂の巣穴が塞がれているわけではないのなら、裏を返せば、あそこは彼らにとっての「出入り口」であり、同時に「逃げ場のない袋のネズミ」でもある。
直接叩けないのなら、別の方法で追い詰めるしかない。
「――兵糧攻めで行こう」
脳裏に戦術が閃いた。ファイバースコープも薬剤のノズルも拒絶する難攻不落の城であるならば、その出入り口そのものを完全に封鎖し、内部のハチを兵糧攻めにして無力化する。これしか道はない。
第二章:宇宙人、真夏のサウナ地獄を行く



ただし、この作戦には圧倒的な困難が伴う。
アルミ枠は、今回の場所だけでなく、営巣の有無を含めて全部で3か所あった。1か所だけを塞いでも、残りの隙間にハチたちが狙いを定めれば、元の木阿弥になってしまう。予防も含めて、3か所同時に完全封鎖しなければ意味がない。
作業中、戻ってきたハチたちが容赦なく襲いかかってくることは目に見えている。
しかし、細かい手作業が必要な封鎖作業において、分厚いゴム手袋や重い防護服は、手先の感覚を奪う邪魔者でしかなかった。それでも、素手で挑めば一瞬で毒針の餌食となる。重装備は絶対の必須条件だった。
ハシゴをかけ、分厚い手袋をはめた手で防虫ネットを隙間に滑らせ、テーピングでしっかりと固定していく。素手なら一瞬で終わるような細かい作業が、厚手のグローブに阻まれて何度も狂う。その間にも、怒り狂ったアシナガバチたちが手元に纏わりつき、威嚇の羽音を立てる。
素手だったら、今頃はとうとうと流れる冷や汗と共に、毒針の激痛で悲鳴を上げ、パンパンに腫れ上がった腕を抱えていただろう。最悪の場合、アナフィラキシーショックを引き起こしていたかもしれない。
防護服とゴム手袋は、確かに私の命を守ってくれていた。
しかし、その代償は過酷だった。真夏の熱気が容赦なく防護服の中にこもり、中はまるでサウナ地獄のような湿気と熱気に包まれる。ヘルメットの中は汗でびしょ濡れになり、額から滝のように流れ落ちる汗が目を刺す。体力が削り取られていくのが、皮膚感覚としてハッキリと伝わってきた。
何度もハシゴから降り、日陰で息を整え、水分を補給しては再び這い上がる。
そんな私の姿を下から見上げていた小さなお子さんが、無邪気な声を上げた。
「おじさん、宇宙人みたい!」
その言葉に、思わず苦笑いが漏れる。そうだ、今の私はまさに異星人のような姿で、この蒸し暑い空の中で孤独な戦いを繰り広げている。しかし、純真無垢なこの子供たちの安全を脅かす存在から、この庭を守り抜かなければならない。その想いだけが、私をもう一度ハシゴへと突き動かした。
アシナガバチの猛攻を重装備で耐え抜き、私はついに3か所すべての封鎖作業をやり遂げた。仕上げに、周辺へたっぷりと忌避剤を散布する。
封鎖されたアルミ枠の周辺で、ハチたちは出口を失い、パニックを起こしてうろたえるばかりだった。もはや、彼らが外へ飛び出して人を刺すことはできない。



第三章:予防の知恵と、心にしみる冷たさ
すべての作業を終え、私は息を整えながらご夫婦のもとへと歩み寄った。
「お疲れ様です! 大丈夫でしたか?」
奥様が心配そうに駆け寄ってくる。私は防護服のヘルメットを外し、汗だくの顔で微笑みながら告げた。
「無事にすべて封鎖し、処理を完了しました。もう大丈夫です。戻りバチも、巣に戻れなくなって自然といなくなります。ただ、念のためあと3〜4日は警戒してくださいね。むやみに近づかないようにお願いします」
さらに、今後気をつけるべきポイントや、別の場所に巣を作らせないための予防策として、市販のハチ駆除専用スプレーを使ったこまめな対策を一つひとつ丁寧に説明した。
ご夫婦は熱心に聞き入り、旦那様が深くうなずいた。
「ありがとうございます……。ハチの巣が作られてから駆除を頼むものだと思っていましたが、作られる前の『予防』が大事なんですね。これなら、わざわざ業者を呼ばなくても自分たちで対策できそうです」
その言葉を聞いたとき、胸の奥が熱くなった。
私たちが目指すのは、ただ依頼を受けてハチを殺すことではない。お客様自身が家の異変に気づき、日々の暮らしの中で安全を守れるような「知恵」を伝えること。それこそが、真の意味での地域密着の仕事なのだと実感した瞬間だった。
「中山さん、これ、どうぞ飲んでください」
奥様が差し出してくれたのは、キンキンに冷えた缶コーヒーとウーロン茶、そしてお菓子だった。
「わあ、ありがとうございます……!」
乾ききった身体に冷たい飲み物は何より有難い
結び:見えない脅威に立ち向かうということ
エンジンをかけ、車を発進させる。
バックミラーの向こう側では、ご夫婦と、あの「宇宙人みたい」と笑ってくれた子供が、いつまでも手を振って見送ってくれていた。
今回の現場は、目に見えない敵との知恵比べだった。
ファイバースコープも届かない、薬剤も直接撃ち込めないという「八方塞がり」の状況。しかし、だからこそ諦めず、敵の習性と建物の構造を見極め、兵糧攻めという戦術で勝利をもぎ取った。
プロとしての引き出しをまた一つ開けた充実感と、心地よい疲労感が全身を包む。
私は冷えた缶コーヒーのプルトップを引き抜いた。
渇ききった喉を潤すその冷たさは、地獄のようなサウナ地獄を耐え抜いた私にとって、何よりも贅沢なご褒美だった。
世の中には、まだ見ぬ厄介な敵や、どうやって解決すればいいのか途方に暮れるような現場が待ち受けているだろう。だが、恐れることはない。どんなに狭い隙間であっても、どんなに難攻不落な城であっても、私には長年培ってきた経験と、お客様の笑顔を守りたいという強い意志がある。
夕暮れに染まり始めた泉大津の街並みを眺めながら、私は密かに誓った。
明日もまた、誰かの「困った」を解決するために、私はハンドルを握る。冷たかった缶コーヒーの余韻を胸に、私の車は次なる現場へと静かに走り出した。
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