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2年前のスズメバチの恐怖がトラウマに ―壁の中から聞こえる不気味な音
第一章:着信音の向こう側にある「過去」
着信音と共に携帯のディスプレイに登録された懐かしい名前が表示された
「奥様、お久しぶりです、どうされましたか?」の問いかけに「ご無沙汰してます、中山さん、実は壁の中からカサカサ音が聞こえるんです、この前の台風の後からなんです」と不安そうに答えられた
「壁の中にハチの巣なんか作られるものなんですか?」と聞かれたので「もちろん作りますよ、身を守る上で安全と判断したらハチたちは我々の予想外の所に営巣します、とにかく今すぐお伺いして現場を見てみます」
そう答えるや否や急いで奈良に向けて車を走らせた
「大阪からわざわざ遠いところすみません」迎えてくださった笑顔には明らかに不安と疲れが滲み出ているのが分かった、聞くところによると1階の角部屋の壁からカサカサ音が聞こえるらしい、その音は時には上から下へ、下から上へと移動することもあるという。この前の台風が過ぎ去った直後から聞こえ出したという
「寝てる間に刺されでもしたらと思うと怖くて気味悪くて熟睡できないんです」正体も分からない、得体のしれない不気味な音を聞かされては誰でもそうなるだろう、この不安材料を直ちに取り去る以外に安心、安全は確保できない
カサカサするが羽音はしない、上から下へ、下から上へ移動という事は、状況からしてどうも犯人はハチではなく、他の「害獣」の可能性が考えられる
第二章:阿鼻叫喚の記憶と、消せないトラウマ
奥様がハチに執着する理由は今から2年前のスズメバチに端を発している
一人暮らしで大きな庭木の手入れはなかなかできず、剪定ばさみで切り落とした枝葉が大量に無雑作に庭の真ん中に積み上げられていた、その中から頻繁に出入りするスズメバチを発見、私に駆除の依頼をされてこられたのがご縁の始まりであった、何年にもわたって大量に積み上げられた枝木の奥に鎮座する巨大なスズメバチの巣へはどうしても枝木を払わなければ薬剤は到達しない、おまけに依頼された日は激しく雨が降っていた
恐怖におののく奥様に「明日、また出直してきます」とはどうしても言えなかった、今日のうちに完全に安全を確保すると腹を決め、雨に濡れて重くなった防護服、湿気と汗でシールドが曇り、悪くなった視界の中で懸命に枝葉を払いながらやっとのことで駆除にこぎつけた、噴射される薬剤の中、大パニックと苦しみもがきながらも無数のスズメバチが最後の力を振り絞って防護服に纏わりついたあの光景、あの阿鼻叫喚ともいえる凄まじい羽音が奥様の脳裏に強烈に焼き付き「不気味な音=獰猛なスズメバチ」というトラウマになってしまったのかも知れない
私の今回の作業は単なる作業ではない、大切なことは安心させてあげる事だった、まずは奥様の話を遮る事なく、全てを寄り添って聞いてあげることに専念した
第三章:真実を告げる勇気と、安堵の微笑
家の外周を回り、くまなく侵入口を確認する、外壁と屋根の取り合い、エアコンホースの引き込み口、換気口、その他あらゆる可能性のある隙間をチェックする、最も可能性のある、いや、ほぼ確実な侵入口は唯一つ、基礎周りの換気口だ、大半の換気口の防獣柵が朽ちて無くなっている、いわば「開門された無防備な城」のようなものだった
念のためファイバースコープで換気口から不気味な音がしたという問題の壁際を観察する、ハチならとっくに巣が見つかるはずであるがその気配も羽音もしない、ハチの一匹も見当たらなかった
十分調査したうえで今度は私の見解を述べさせて頂いた「奥様、ご安心ください、今回はスズメバチじゃないと思いますよ、多分イタチのたぐい、もしくはコウモリ、つまり害獣だと思います、そして侵入口は基礎周りの柵のない換気口で間違いないと思います」私の言葉に奥様はまず「犯人がハチではない」と分かるとみるみる安堵の表情に変わっていくのが分かった
「もちろんスズメバチはこの換気口から床下に巣を作ります、ただ今回は害獣だと思うので通常の防護ネットでは害獣の歯で嚙み千切られますので、ステンレス製の頑丈な網で全ての換気口にカバーをしましょう」と提案した
奥様の2つ返事に早速準備を始めた、換気口は全部で9か所、もしもに備えてステンレス製の網と設置に必要な振動ドリルなどの工具はあらかじめ車に積んであった
まずは数か所に燻煙材を炊いた、害獣が潜んでいたら追い出さなくてはならない、しばらく様子を見ていると細い、茶色い何かが換気口から勢いよく飛び出し、塀を乗り越え姿を消した、瞼を瞬く暇もない、ほんの一瞬の出来事だった、おそらくあれはイタチではなかっただろうか?
築年数もかなり古いこの基礎周りの換気口はサイズがまちまちで既製品の防獣パネルは対応できない、サイズに合わせてステンレス網をカットしていく、振動ドリルで穴を開け、ビス用プラグを打ち込んでいく、最後に金網を被せてビスをプラグにねじ込み全ての換気口はしっかりとガードできた






第四章:閉ざされた城と、夕焼けの空



基礎周りは今までの「開門された無防備な城」から「しっかりと閉門された防御の固い城」に変貌を遂げた
作業が終わるころ、近くに住む息子様が心配で様子を見に来られた
「中山さん、すごい、完璧じゃないですか!」とても喜んで下さった、そして犯人がスズメバチで無いことに胸をなでおろされた、奥様も「これで安心して眠れます」と大喜びであった
すべてがオーダーメイドだったので作業が終わった頃には日が傾いていた
私は今日、一匹の害獣を追い出しただけではない。一人の人間の、2年間にわたる孤独な恐怖に終止符を打ったのだ。
奥様、息子様が深々と頭を下げ見送って下さった、私も笑顔で応えながら車に乗り込み現場を後にした
結び:日常という聖域を護る守護者として
2年前の雨の日、奥様の恐怖に寄り添ったあの時間が、今日の再会へと繋がっていた。 私はこれからも、ハチだけではなく、その家に住む人々の「日常」を守り続けるだろう。どれほど築年数が経とうと、どれほど複雑な不安があろうと、ここが「防御の固い城」である限り、彼らは安心して眠ることができる。
不安を希望へ、恐怖を安心へ。 私の車は、次なる SOS を求めて、穏やかな街並みを静かに滑り出していく。
夕焼けの風が汗を拭った頬を心地よく撫でた。 駆除という仕事は、時に、ただの「排除」に終わることもある。だが、お客様の心の中にある「記憶」や「恐怖」と向き合い、その棘を抜くことこそが、私にとっての真の駆除なのだ。
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